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東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)15・明暗を分けた津波対策3・今度は国が石碑を!

2011/04/14
category - 日記
                         
 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)とその後の津波に
より壊滅的被害を受けた東北3県。しかし、津波にも負けない
村があった、津波を跳ね返した小学校があった。その明暗を分けたもの
とは一体、何なのか?シリーズの3回目。今回は、石碑。

報道によると、

「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。

 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、
重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を
免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に
建てられた石碑の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、
改めて先人の教えに感謝していた。

 「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ惨禍の
大津浪(おおつなみ)」
 
本州最東端の●ヶ埼(とどがさき)灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から
延びる急坂に立つ石碑に刻まれた言葉だ。結びで「此処より――」と
戒めている。(●は魚へんに毛)

 地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、
生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。昭和大津波の
直後、住民らが石碑を建立。その後は全ての住民が石碑より高い場所で
暮らすようになった。

 地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、
高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を
駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、
その勢いは石碑の約50メートル手前で止まった。地区自治会長の
木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の教えを破るな』と
言い聞かされてきた。先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。

(2011年3月30日07時22分 読売新聞)


 前回の和村幸徳村長さんのように、やはりそこには強いリーダーシップが存在して
いる。この石碑は、1人の人が作ったのではないだろう。数人で相談し、
文言を決め、作成し設置。その過程ではやはり「そこまでしなくても。」
とか「口伝えでいいのでは」「お金がもったいない」などと反対した
人が必ずいたはずだ。しかし、この石碑を建立した人々は、反対にひるむこと
なく、強い信念のもと設置したはず。素晴らしい先人たちであり、その
教えを忠実に守った姉吉地区の人々も立派である。

 人間は、楽をするのが大好きである。危険だと言われても、つい平地で
暮らしたがるものである。わざわざ高地で暮らそうなんて人はそんなに
いない。

 惜しむらくは、この石碑を各地に広めてもらいたかった。(その教えを
姉吉地区のように守るか守らないかは、個人の自由であるが)もし、各地に
この石碑があれば、ここまで被害が拡大しなくて済んだかもしれない。

 この津波被害を教訓として、今度は国が石碑を作る番である。
それが、石碑になるのか、法律になるのか、都市計画になるのか?

それは分からないが、前回の和村幸徳村長さんの言葉のように

もう2度と繰り返してはならない。」のである。

 そのためにも、和村幸徳村長のような素晴らしいリーダーが現れ、日本の危機を
救ってくれることを祈る。
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